純喫茶りー:小児がん病棟でのハロウィンと韓国家庭料理

by kyosuke | 2010/ 10/ 25 | Posted in notes, [notes] 三田の家, info | 

今週の木曜日、「三田の家」の坂倉+べべマスター日は、ゲストマスターに明治学院大学ボランティアセンターの李永淑(よんきち)さんを迎えます。

ゲストマスター・よんきちさんからのメッセージ。

「巷はハロウィンの季節…ということで、とあるハロウィンイベントの事例をご紹介したいと思います。イベントが行われた場所は某地方大学病院小児がん病棟。今回は、なぜか韓国家庭料理をつまみに、ここまでの前振りを裏切れるような想定外のオチへ皆さまをご招待できればと思っています」

この病院でのハロウィンイベント、お医者さんや看護婦さんも参加する本格的なモノのだったようです。普段は真面目なドクターが女装して、さながらオカマバーのように・・・詳細はよんきちさんのプレゼンテーションをお楽しみに。
また料理は、よんきちさんのルーツである韓国家庭料理でもてなしていただけるとのこと。ぜひお越し下さい。持ち寄り歓迎です。

「純喫茶りー:小児がん病棟でのハロウィンと韓国家庭料理」
ゲストマスター:李永淑(明治学院大学 ボランティアセンター・コーディネーター)
2010年10月28日(木) 1900時ごろからゆるゆると

参加無料。ただし飲食は実費です。

心臓ピクニック

by kyosuke | 2010/ 10/ 6 | Posted in notes, 感性と感覚, [notes]HEREing Loss, info, ワークショップ | 

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六本木の2121デザインサイトで開催中の佐藤雅彦ディレクション展「これも自分と認めざるをえない」展の一環で、小さなワークショップを開催します。

題して「心臓ピクニック」。
→詳細と予約はこちらから。

内容は、聴診器を用いた特殊なデバイスで心臓の音をピックアップし、コンタクトスピーカ(振動型のスピーカ)で再生するという仕掛けを使って、自分や他人の心臓を感じたり交換したりして遊ぶというモノです。

9月のエンカウンター、ひとりだけ追加募集。

by kyosuke | 2010/ 08/ 24 | Posted in etc, notes, 感性と感覚, ワークショップ | 

9月のエンカウンターグループは、お蔭さまできっかり12人の申込みをいただきました。が、うち一人キャンセルが出て、現在11名で5日間の対話の旅に出発予定です。

あと一人、空席がありますので、もしよかったら、お申し込みください。最後の席にどんなご縁があるのか、楽しみにしています。

【追記】定員に達しました。以降のお申し込みはキャンセル待ちとなります。ご了承ください。(2010年8月26日11時)

清里で非構成の5日間。

by kyosuke | 2010/ 08/ 1 | Posted in etc, notes, 感性と感覚, ワークショップ | 

橋本久仁彦さん(くにちゃん)をファシリテータに迎え、清里で5日間の非構成エンカウンターグループを開催します。

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何年か前、ニシさんに誘われてはじめてエンカウンターグループを体験したことが、いまの自分の仕事の仕方に大きな影響をおよぼしています。大げさでなく、それまでの価値観や人間に対する見方がひっくり返っていく体験でした。

エンカウンターグループで「やること」は、ひたすら車座になって語り合うことだけです。にもかかわらず、それぞれの声に耳を傾け、存在に敬意を払うことで、外から話題やプログラムを持ち込まなくとも、「いま・ここ」にしか生じ得ないプロセスが進行しはじめます。この構成されないプロセスには、社会一般のものごとの進み方とはまるで異なる味わいがあると思うのですが、ひとたびこうした人間の根源的な営みに沿って進むプロセスを味わうと、逆に私たちの日常が、人間の自然な思考や感情の流れをいかにせき止め、曲げているかに気づかざるをえなくなります。

私にとって「芝の家」は、この「構成されない味わい」を、日常生活に持ち込む実験でもあったと言えるかもしれません。

ロジャーズの思想やパーソンセンタード・アプローチという概念は、教科書にも載っているとおり、目新しい考えではありません。けれども、その場に生起する出来事を外部のモノサシで安易に判断せず、そのまま直視していくような認知形式は、評価や意味ばかりを先取りするようないまの社会でこそ、改めて求められる力なのではないか、と最近ますます強く感じています。

清里での5日間、いろいろな人とご一緒できることを楽しみにしています。

以下、開催概要です。

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非構成エンカウンターグループ
2010年夏・清里
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人と人とのあいだに「私」を確かめる。
自己と他者に触れる5日間。

5日間、じっくり「人間」を味わってみましょう。
ただ円座になるところから、ゆっくりとはじまる語らい。
何かが起こるかもしれないし、何も起こらないかもしれない。
それでも私たちは、互いに敬意を持って「ともにいる」ことができる。
そのとき、私たちにどのような風景が見えてくるでしょうか。

会期:2010年9月12日(日)~9月16日(木)(4泊5日)
会場:清泉寮(山梨県北杜市高根町清里)
ファシリテータ:橋本久仁彦さん(プレイバックシアタープロデュース)
コーディネータ:坂倉杏之介(慶應義塾大学特別研究講師)

主催:慶應義塾大学教養研究センター
#この事業は、文部科学省大学教育・学生支援推進事業大学教育推進プログラム 慶應義塾大学「身体知教育を通して行う教養言語力育成」事業の一環として開催されます。

エンカウンターグループとは?
エンカウンターグループは、アメリカの臨床心理学者、カール・ロジャーズが始めたグループセッションです。あらかじめ与えられた議題や目標はなく、その時その場に確かに存在する声、感情、思いを交わしながら、自己や他者のありかたを丁寧に確かめていきます。

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◎講師プロフィール
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橋本久仁彦(はしもと・くにひこ)
1958年生まれ。大阪市出身。高校教師時代、カール・ロジャーズのパーソン・センタード・アプローチに基づく「教えない授業」を実践。アメリカやインドを遊学の後、龍谷大学にてカウンセラーを10年間勤める。2001年、龍谷大学を退職し、プレイパックシアター・プロデュースを立ち上げ、その研究と普及に力を注いでいる。2007年よりプレイバックシアターの仲間たちとプロジェクト・オーシャンズを結成。カンボジア、タイなどへの海外遠征を実施。エネルギーの枯渇しない、自発的で創造的なコミュニティに関心を持ち続けている。

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申し込み方法などの詳細は→ (more…)

トリストラム・シャンディ

by kyosuke | 2010/ 06/ 8 | Posted in etc, notes | 

書店で、ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』を見つけた。まえから古書を探していたのだけど、復刊されていたとは知らなかった。しばらくは帰りの電車で退屈せずに済みそう。ほくほく。

「する場所」と「いる場所」

by kyosuke | 2010/ 05/ 3 | Posted in notes, 大学地域連携, [notes]芝の家, 居場所/コミュニティカフェ | 

最近、「居場所のつくり方」について聞かれることが多い。「芝の家」では、それぞれの人が「いたいようにいられる」場をつくることに心を砕いている、と説明するのだが、ピンと来る人には来るし、そうでない人には皆目見当もつかない言い方のようだ。

よく世間で語られる居場所やコミュニティカフェのつくり方は、資金調達や広報といった経営にまつわる課題を手解きしてくれる。もちろんこうしたノウハウは重要で、最低限のわきまえがなければモノゴトは運ばない。しかしそれらは「どうやるか」についての技術であって、来た人が「どういるか」を見極める手だてを提供してはくれない。

居場所づくりの面白さは、ある部分で「うまくやる」ことを放棄しなければならないところにある。なぜなら、徹底して「うまくやる」ことを目指してしまうと、来る人がどう行動するかまで決めてしまいかねないからだ。「○○の人が、○○する場所」みたいな標語を掲げている場も多いが、これが行き過ぎると、来た人の行動の良し悪しを無意識に判断してしまうようになる。

人間はおもしろいもので、自分に向けられた期待に大きく影響を受ける。「○○する場所」というように、場自体が何かを期待する態度に傾くと、言葉で伝えなくても来た人の行動はそれに左右される。その場にみあった何かをしていなければ所在ないし、役に立たなければ存在を認めてもらえないような気にさえなる。どんどん場は「何かをする場所」になっていく。

それは「いる場所」ではなく「する場所」ではないか、と思う。すなわち「為場所」。Place to beではなく、Place to do 。

ロジャーズが言ったとされる有名な言葉に「The way to do is to be.」がある。これはカウンセリングの態度的技術(メタスキル)の大切さを言い当てた言葉で、いろいろ訳し方はあるだろうが、僕の心の中では「どうやってやるかってのは、つまりどうやって『存在するか』なんだよ」という和訳が定着している。他者に働きかける技術ではなく、受容し共感し、なにより自分が曇りのない気持ちで相手の前に存在すること、このこと自体が持つ大きな影響力に気づくこと。

「いる」ということは、すなわち「存在する」ということで、何かをしているかどうかという水準ではなく、まして「できるできない」というレベルでもなく、何もしていないようにみえてもどうしても現れてしまうその人の姿勢や態度や人格である。ここには実は他者に働きかける大きな力がある。「いたいようにいられる」場では、こうしたその人の存在そのものの影響力が発揮され、相互に力を生み出しあっていく。こうした部分に対する視力を高めていくことこそが、居場所を「する場所」にせず「いる場所」にしていくのだと思う。

場の態度的技術。僕もまだまだ未熟ではあるのだけれども、「居場所のつくり方」について聞かれるたび、近いうちにこうしたことをいろいろな人と一緒に探求していけるような「場」をつくりたい、と思う。そんな仲間が増えていくと、いいなあ。

2009年度が終わらない。

by kyosuke | 2010/ 05/ 2 | Posted in etc, notes | 

年度末が〆切の仕事。いくつか終わっていません。この連休中に、どうにかしてすっきりと「新年度」を迎えたい!

「目」ディア・リテラシー入門

by kyosuke | 2010/ 05/ 1 | Posted in notes, [notes]education, ワークショップ | 

昨年、佐藤元状先生、ヴィデオアーティストの小泉明郎さんとともにつくった公開講座「メディア・リテラシー入門」の経験をもとに、小さな本を出版しました。

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佐藤元状+坂倉杏介編
「メディア・リテラシー入門 視覚表現のためのレッスン」
慶應義塾大学出版会 →amazon.com

ヴィデオ・アート、マンガと映画、映画と小説といった切り口から映像表現の「読み方」を考えるとともに、この講座で坂倉が開発した「1時間でつくる即興映画」という世界で一番簡単な(?)映像表現ワークショップを紹介しています。マスメディアやインターネットコミュニケーションといったメディアリテラシー全般の問題を体系的に知るというより、その基本になる「視覚表現の読み方」について、わかりやすく学べる本です。ということで、「目」ディア・リテラシー入門(笑)。表紙も「目」がギョロっとしています。

アート関係者にとっては、気鋭の作家・小泉明郎さんと有加さんによる「ヴィデオ・アートの『読み方』『つくり方』」は必読です。(編集者に、そこを押したほうが売れるのでは?と提案したのですが、残念ながら却下されてしまいました)「ヴィデオ・アートって何?」という素朴な疑問にこたえてくれるような本はなかなかありませんし、明郎さんが行ったワークショップについてのご自身による解説も貴重です。

またこの延長で、今年度・日吉で開講されている講座「アカデミックスキルズⅢ、Ⅳ」では、映像表現の批評と創作をテーマに授業をつくっています。

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2回目の授業が終わったところですが、初回は「1時間でつくる即興映画」を、二回目の授業では初回のグループワークを振り返って、相互のグループ内での働きをフィードバックをしました。上の写真は、そのフィードバックにカメラとマイクを持ち込んで、「見る/見られる」関係、「撮る/撮られる」関係の面白さや怖さを味わってもらっているところです。映像制作の指導には、藤原敏史監督を迎え、本格的な技術指導も。

クラスが今後どのように育っていくのか、とても楽しみです。

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