ほへっとした秋のいろは通り
「芝の家」の一周年を記念して、「いろはにほへっと芝まつり」を開催しました。

「いろはにほへっと芝まつり」の様子は、義塾のサイトにも様子が掲載されています。よかったら覗いてみてください。
子どもから大人まで、準備にあたった方々だけで約60名という大所帯。近隣の軒先や店舗もお借りして、束の間「いろは通り」が賑わいのある通りになりました。
都市計画において道路の機能は、通行、アクセス、空地の3つに分けられるのだが、通りを介して人々が集う光景を見ていると、それが人々の交流空間としても重要な役割を果たしている、ということを実感する。もちろん道路占有などできないから、通りに面した軒先や店舗に点々と「お店」を出し、通りは直接的には、それらの小さな会場を結ぶ通路としての役目を果たしているに過ぎない。けれども、人々が通りを行き交うことではじめて具現化する、独特のオープンな公共性があるのではないだろうか。この公共性がまちを満たしているかいないかで、その地域コミュニティの質はずいぶんと左右されるはずだ。だとしたら、通りのつくり方・使い方は、地域社会に無視できない要素だといえる。
という視点から考えれば、軒先を掃除すること、鉢植えを設えること、私有地を提供して縁台を置くこと、といった小さなアクションについても、それらが何を表現しているかという軸から、もっと評価されてよいのだろう。通りにおけるコミュニケーションコードを変えるなどといえば漠然として手に負えないように感じるが、それは通りの使用者たちによる小さな作法の積み重ねで成り立っているに違いない。通りの使用は制度上は警察の管轄であるし、一般的な常識ではどうしても道路が最優先させるべきは自動車などの通過交通だと思われがちだ。それは事実ではあるけれども、一方では、誰のための通りなのか、通りによって保たれる公共性もあるのではないか、といったことを考えていかなければいけないな、と思う。そして、こうした通りに集う機会を、年一回でも続けていくことで、何かが変わっていくという手応えも感じる。そんなことを考えた秋の一日でした。
見つめる鍋は煮えない。
9月末は僕にしては珍しく、いろいろな〆切に追われてたいへんだった。論文の最終稿、本の原稿、映像、グラフィックデザインなどなど。
授業の準備もままならなくて、秋から始まるセミナーは(苦肉の策として)、外山滋比古さんの『思考の整理学』を教科書にすることにした。あらためて目を通してみて、自分の思考や発想を徹底して外部化する姿勢に、感銘を受ける。自分の思考の他者化といったらよいか。思いついた発想を「寝かせ」、「発酵させる」。そんな方法のヒントがたくさん。
初読ではない。でも、前に読んだときには、「ノートのつくり方」とか、そういうテクニカルな点に目がいっていたような気がする。いまは、その方法論が立脚しているところにある、「思考は自律的に育つもの」という突き放した態度(自分に対する自信でもあると思うけれども)のほうに、心が動かされる。思考も、アイデアも、おそらくは意欲だって、感覚的には「向こう」からやってきてくれるもの。いかに「やってくる」状態をつくるか、そしてそれをうまく育てるか。それらは力んでひねり出すものではない。達人になればなるほど、いかに身体と頭の力を抜いて憑衣体質をつくるかが、大切だと感じられるようになるのだろう。そうなんだよなあ。
9月末は〆切がたくさんあって、と書いたが、9割がたはちゃんとおさめたものの、実はこぼれている仕事もあってですね。いまそれに取り組んでいる訳なんですが。はやくやってこないかなあ、この原稿のアイデア。と待っているうちに今日も日が暮れるわけで。「見つめるナベは煮えない」、わけで。こまったものです。
坂倉杏之介という人物

本名の「杏介」のかわりに「杏之介」という名前を使いはじめて、数ヶ月が経ちました。改名(というほどでもないが)の理由はいろいろあって、たとえば、姓名判断が大凶なこと(を、妻が気にしている)とか、芝の家で小学生に呼ばれる名前が「坂倉さん」や「杏介」では、ちょっとカタいかな、と思ったことなど。ほかにも、「杏之介」という字づらが、インパクトがあってなかなかよいなと思ったという理由もある。
ものは試しと使い始めてみると、思いのほか順調に使われる範囲が広がって行き、半分とはいわないまでも、かなりの程度、「杏之介」という人物が浸透してきている。郵便も「杏之介」で届くし、あまり努力せずとも自然に伝播していくということは、環境との相性も悪くないのだろう。
ところで、おもしろいことに「杏之介」という人は、「杏介」とは全然ちがう人格を持っている。どちらも自分のことなので、自分で驚くのもどうかと思うけれども、明らかにこの二人は別人だ。それはもう、自分でも、びっくりするくらいに。
「杏之介」は、「杏介」に比べると、かなりいいかげんで楽天家だ。「杏介」は、もっと緻密で、ものごとを巧くやろうとがんぱる。きっちりやらないと気が済まないぶん、完璧にできないと落ち込む傾向がある。そのへん、「杏之介」は、間違えたりできなかったことを認めるのを厭わない。それどころか、自分の失敗を自信満々に表明したりする。
一緒に仕事をする人からみて、一見すると「杏介」のほうが頼りになりそうなものだが、「杏介」が心配するほど、「杏之介」のテキトーさは、周囲に悪い影響を及ぼしていないように感じる。むしろ、ものごとの運びは、「杏介」ががんばるよりも、うまくいっているようにも思えるから不思議だ。
ということを書いて、精神分析家・ウィニコットの「good enough mothering」を思い出した。神経質に完璧を求める母親よりも、「ほどほどに良い母親」が、うまく子どもを成長させるという理論。子育てだけでなく、「ほどほどに良い」ことが、コトを巧く運ぶということはありそうだ。完璧な人が、チーム全体のポテンシャルを100%引き出すとは限らない。そう考えれば、もしかしたら「杏之介」のほうが、他の人にとってはより一緒に働きやすい人格なのかもしれない。
だが、どうして「杏介」と「杏之介」がこうも違うのかという点については、いまのところ謎だ。このまま使い分けていくのか、あるいは「100%杏之介」の人生にシフトして行くのかも不明である。とりあえずのところ、感触は悪くない。今後とも「坂倉杏之介」という人物を、どうぞよろしくお願いいたします。
LIFE ON BOARD @ CET090718

最近、僕自身はすっかり活動が鈍ってしまっていますが、BPA(BOAT PEOPLE Association)に新展開です。東京都歴史文化財団による東京アートポイント計画の一環として、水上クルージングを実施します。今回のクルージングは、セントラルイースト東京とのコラボレーションによる、東京アートポイント計画のお披露目のためのワンデイ・イベントの一プログラムとして行われますが、BPAとしては、継続的な水上リサーチプロジェクト「LIFE ON BOARD」の第一歩という位置づけでもあります。
ワークショップの企画などはタッチできなかったのですが、クルーズ船に取り付けるフラッグのデザインだけ、やらせてもらいました。運河のような鍵のような図形をメインビジュアルにしています。
クルーズの詳細は、LIFE ON BOARD@CETをご覧ください。申し込みもこちらからできます。
あわせて、BPAのサイトもリニューアルされています。ぜひご覧ください。
Educe Cafe:対話の生まれる『場』のデザイン
東大大学院の森さんに招いていただいて、本郷で小さなレクチャーをさせていただきます。明日(6/15)の夜18時から。(ってほんと直前ですみません)
定員20名の小さな場なので、ゆっくりじっくりお話しできそうです。清里で出会った上田先生との再会でもあり、実は福武ホールをまだ訪れたことがないので、いろいろな意味で楽しみです。
詳細はこちらから
→Educe Cafe:対話の生まれる『場』のデザイン
家の門番?
下の写真は、自宅の門なのですが・・・。

郵便受けの下に、アシナガバチが巣づくりに励んでいます。

がんばっている彼女には申し訳ないのですが、このままだと郵便屋さんの身に危険が迫ることが明白なので、近々よそへ移動してもらわねばならなくなりそうです。
フォーラムg、写真は・・・。

参加者、ゲスト、スタッフあわせて約90人の方々と、2泊3日の濃密なフォーラムを終えました。
ワークショップフォーラムgのサイトに、とりあえず集合写真が掲載されています。3日間の様子は、(たぶん6月に入ってから)同サイトで公開予定です。現在、永福町方面で写真の編集・アップロード作業が進んでいるはずなので、準備が整ったらこちらでもお知らせしたいと思っています。
写真といえば、本来撮影をお願いしていた写真家の横田さん、円城寺さんが相次いで参加できなくなり、3日間を通して、僕ともう一人のスタッフが撮影を担当しました。
そんなわけで、ファインダ越しにフォーラムの進行にずっと伴走していたわけですが、撮影者の心理は、場の抑揚にもろに影響されます。しかも、僕は準備側の人間でもあるので、参加者の気持ちや行動に人ごとではいられないところがあって、参加者が楽しそうにしていたり、あるいはとまどっていたり、また熱く議論していたりというエネルギーの満ち干きの波を、全身でかぶってしまう。場に寄り添って、丁寧に撮影をしようと思えば思うほど、精神的身体的に、こたえる仕事でした。これからアップされるだろうフォトレポートが、参加者や来られなかった人に、喜んでもらえると嬉しいのだけど。
また、なかには「シャッターの音が気になる」という意見もあって、これには非常に動揺しました。逆に「カメラマンも一緒に場にいた感じがあったから、気にはならなかった」と言ってくれる人もいたのですが、これまでかなり多くのワークショップ写真を撮ってきたにもかかわらず、このときばかりは、写真を撮るってことがちっとも客観的ではなく、場に強い影響を与えてしまうということを改めて突きつけられ、かなり戸惑いもしました。
東京へ戻ってからもしばらく割り切れず、もやもやと考えていたのですが、気にしない人もいる反面、シャッターのバシャッと切れる音を、身を切られるような想いで聴く人もいる。その痛みのようなものを、少しずつ想像できるようになってきたように感じています。フォーラム中、僕は良い写真を残したい、という誠実な想いで撮影はしていたけれども、身を切るほどの覚悟を持ってシャッターを切っていたわけではない。
もともと、写真は、残酷です。この点については、スキルや配慮とは別次元で、本質的にどうしようもないなあ、と思う。でも、デジカメやケータイで気軽に写真が撮れるようになってから、アクチュアルな時間を写真に切り取ることの切実さや怖さを、うっかり忘れていたようにも思います。
その後も、毎日のように写真を撮っています。芝の家で遊ぶ子どもたちの様子、授業でのワークショップなどを。相変わらず良い写真を撮りたい、写真を見た人に喜んでもらいたい、という欲望もありますが、それとは別の次元で、シャッターを切ることの冷徹さ、乱暴さを、知っていたい、と思うようになりました。諦観でも開き直りでもなく、人の気持ちの流れる時間を切り取らざるをえないことに対する透徹した真摯さとともに、シャッターを切っていきたいと思っています。




