October 16, 2006

ファストフードをゆっくり味わう

「芸術の現在」は、食がテーマのワークショップ。

受講者の発案で、マク○ナルドをはじめ牛丼やコンビニ弁当をミキサーにかけて食べる、つまり「ファストフードをより早く食べてみる!」という豪気な試みを行った。内実は、「より早く」というよりも、ミキサーで食感を均一にした上で、食材そのものの味を観てみようという企画。結果的にこれは、逆説的にもファストフードをちゃんと(ゆっくりと)味わってみること。

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想像するだけでいかにも不味そうだが、実際にやってみると、もう匂いだけで体調不良になりそう。いくつかのサンプルに至っては、美味い不味いという価値基準からは大幅に逸脱し、遭難してどんなに空腹であっても、まったく食欲をそそらなそうな香り。非常に「ケミカル」な、ただの質の悪い油や薬品のような物質で、つまり、まったく食べ物っぽくない。

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別にファストフード業界への当てこすりが目的ではないので、「だからよろしくない」という方向が結論ではない。現に僕らは、不健康でジャンクなものにしばしば魅了されてしまうし、それもまた人間らしくていいじゃないか、と思う。

本当の問題は、パンの味も肉の味もしないものを、ある味付けのバランスと食感という条件の下で食べると、何の抵抗もなくハンバーガーとして味わえてしまう自分たちの味覚のほうだ。裏を返せば、それだけ入念な(巧妙な)デザインが、ファストフードにはなされているということ。

巧妙ということでいえば、フィレ○フィッシュは、ことさらすごかった。

授業の数日前に自宅で、テストを兼ねてフィレ○フィッシュを普通の食材で作り直してみたのだが、そのときパンや白身魚の身と衣などを別々に齧ってみた。とても甘いパン、淡白な魚、酸っぱいピクルスと甘ったるいソース。そして、ものすごい人工的な味のする衣。フィレ○フィッシュの味の基本は、まさにこの衣にある。普通にタラのフライをパンにはさんだ自家製フィッシュサンドと比べると、その違いは明らか。普通なら、白身魚フライとパン、ソースとチーズの味がする(あたりまえだ)。フィレ○フィッシュの魚やパンは、ほぼ食感でしかない。フィレ○フィッシュの、あの特徴的な(病みつきになる?)味の大部分は、衣によってもたらされる。魚の味の薄さをパンの甘みで補い、そこにメリハリの効いたソースを添える。このバランスは、相当に計算し尽くされたものだろう。

では、これは何のための計算か、と考えると、なんだか恐ろしい気持ちになる。「マクドナルド化する社会」(ジョージ・リッツア/早稲田大学出版)は、社会の合理化傾向が人間的な時間やつながりを疎外していく過程を問題にしていたけれども、この計算し尽くされた味のひとつの側面は、安く作って効率的に売りさばくための合理性である。だが、実際に入念にファストフードを味わって愕然と感じるのは、その計算し尽くされた味を身体に覚え込まされていくことの空恐ろしさだ。

シミュラークルとかシミュレーションといったコトバは、普段は頭の中で非常に言語的、概念的に響いている。けれども、ファストフードを味わうことは、まさに、ハンバーガーそのものからは絶妙に乖離した記号を、身をもって消費することにほかならない。身をもって消費している自分を通じて見えてくるのは、その身体こそが記号の展開する場だとわかってしまうことであって、これはもう、ちょっとしたホラーである。しばらくは、親子連れでハンバーガーを楽しそうに食べるようなテレビCMを、直視できそうにない・・・


水上の防災カフェは非常に正しい

「2006年8月20日までは、粘る」と宣言していた、「Life on Board II-13号計画」だが(参照→"13号、その後。")、とっくに期限は過ぎて、すでに10月半ば。その後、どうなったのか心配してくれている方もいらっしゃるかもしれません。・・・そんな人まるでいない可能性もありますが、少しだけ「その後」を報告させていただきます。

横トリに出展した13号艀(はしけ=バージ船)は、現在も我々が保有しています。その艀を使用して、今年度は艀の防災プラットフォームへの転用を実験的に行う予定です。この実験は、NPO東海道品川宿と協力して、京浜運河の既存ストックである艀を、防災拠点や観光資源として再利用できないかを検討するもので、都市再生本部の「全国都市再生モデル調査」に選定されました。

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上は、2006年9月段階の、13号改装案。うちうちには、飛行機とも国際救助隊とも言われています。コストや構造の問題もあり、まったくこのイメージ通りに完成することはなさそうですが、現在の都市の水辺の殺伐とした風景を、ちょっとでも和やかにしたいという方向性。


いろいろ災害時のことを調べてみると、長期的なライフラインの復旧とともに、短期的な連絡手段や情報の確保(つまり、携帯やラップトップPCに充電し、電話やインターネットが使えるようになることなど)が非常に役立つことがあるそうだ。また、麻痺しがちな陸路に比較して、水上交通はダメージを受けにくい。国交省などでは、釣り船や業務船を、災害時に帰宅困難者の輸送手段としてネットワークする準備も進めていると聞く。

それなら、艀に簡単な発電システムと蓄電池を載せておき、とりあえず2〜3日の間の連絡用電源を提供する。比較的小さな13号艀ですら、積載量は最大100tだから、非常食や水なども備蓄できるだろう。防災倉庫が水上に浮いていれば、地震や陸地からの延焼の被害を受けにくく、水に面していることで、輸送船と帰宅困難者の集合場所にもできる。同時に、平時から多くの人に防災拠点として認知されていなければいざというとき機能しないわけで、「艀を再利用した水上の防災拠点」だったら、どんな場所よりも記憶に残るだろう。さらに日頃からカフェなどを開いていたら、その効果は抜群に高まる。

従って、「防災をテーマにしたカフェを水辺につくる」のは、たいへんロジカルかつ本当に役に立つ可能性が高い。災害時に限らず、普段から「名所」になる可能性だってある。もちろん、現行法制下でいますぐパーマネントな拠点、特にカフェなんかをオープンするのはほとんど無理だし、シビアな防災情報や水上輸送システムを組み上げるのは各方面との膨大な調整作業が必要だ。しかし、今年度の実験をすることで、有り得べき将来像を少しでも具体化して提示したいと思っている。


さて、進捗状況としては、年内に発電システムを含めた艀の改装工事を済ませ、年末から春にかけて、実験運用をする予定だ。どこまで一般の方の目に触れる形態をとれるか、サイトや様々な規制との兼ね合いもあってまだ不透明だが、単なる水上発電実験に終わってしまってももったいないので、可能な限り公開できるようにしたい。


「少し報告」といいつつ、鼻息荒く長々書いてしまいました。もう間もなく、もっとしっかりとリリースできる予定ですので、しばらく、お待ちください。


さすがに60エントリを1ページに表示するのはご無体で

前々から非常に気になっていたのですが、各プロジェクトの作業日誌をカテゴリーアーカイブで代用しているため、たとえばBOAT PEOPLE Associationのアーカイブなど、すでに60にのぼるエントリをすべて1ページで表示するというかなり強引なことになっていました。さすがに申し訳ない、ということで、アーカイブを分割して表示するよう直しました。

「できる人」にはなんてことないのでしょうが、そして目新しい作業でもありませんが、結局まる一日かかってしまった・・・。おおよその手順は、以下のような感じです。いかにもすぐできそうな機能なのに、大変なものです。

1)まずPHP化にともなうファイル名の変更に対処するため、「.htaccess」でリダイレクトするようにしておく
2)サイトのPHP化
3)MTPaginateというプラグインを追加
4)カテゴリーテンプレートの書き換え

詳細は、以下などを参照。

MTのPHP化とページ分割(CROSSBREED)

ブログ簡単パワーアップ Movable Type スーパーカスタマイズテクニック
藤本 壱
4774125660

特に、リダイレクトのやり方などは重宝しました。いちいちページごとに指示してたら途方もありません。(それでも、このサイトのファイル構成のせいか、自動生成後に修正する部分もかなりありましたが)

カテゴリーごとにエントリのタイトル表示すればもっと簡単だったか。それ以前に、各プロジェクトごとにblogを立てたほうがいいのかも。しかし、この錯綜具合も自分らしくはあるので、もうしばらくこれで粘ることにします。引き続き、どうぞよろしくお願いします。

October 14, 2006

心地よい混線

オープンハウスから2週間。三田の家も少しずつ軌道に乗ってきました。

授業やゼミ、打ち合わせや見学などで大勢の人が出入りする日もいいが、やはり格別なのは、ゆっくり過ごす一日。先日、東京新聞に掲載していただいた影響もあり、それを見て訪ねてくれたり、声をかえてくれる人もいる。

ひとりふたり、別々に来た人がなんとなく場をつくっていく感じ、この感じが、特にイベントもやっていない日のいちばんのメリット。初対面のちょっとした緊張感はあるが、職業とか所属組織の重ならない人と利害の無いところで出会うきっかけというのは、思えばそうそう多くはない。たまにこういう時間に出会うと、それがずいぶん心地よいものだと思い出す。

あんまりのんびりしていると、「何をやってるのかわからない、遊んでるのか?」としかられそうなので、ぼちぼちいろんな仕込みもはじめなければならないけれど、何をするにせよ、根本にこうした心地よい混線があったほうがいいにきまっている(と思う)。

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誰もいない時間には、少しずつ雑事をこなす。運営マニュアルも編集しなければならないし、各種機材も使えるようにしなければ。が、まずその前に着手したのは、ドキュメントづくり。これまでの経緯をできるだけスタッフとも共有したいので、手元の書類や写真などを時系列でファイリングしている。現場でいつでも手に取れるようにしておきますので、ぜひ眺めてみてください。

ちなみに、最も古い書類は、2003年10月。3年前といえば、スタッフのなかには、余裕で高校生だった者もいる。3年も5年もかけて何かをやるというのは、学生にはマネのできないおっさんの特権だ、などといってみるが、その速度感の違いには愕然とする。いやはや。